大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所 昭和41年(ワ)30号 判決 1970年9月07日

原告

アメリカン・サイアナミッド・コンパニー

代理人

内山弘

外三名

被告

日産化学株式会社

代理人

兼子一

外九名

右補佐人弁理士

萼優美

主文

(第一次的請求につき)

被告は原告に対し金二、八七二万六、四八〇円およびうち、金二、〇四四万八、五二〇円に対する昭和四一年三月五日から、金一六八万三、一二〇円に対する同年四月一日から、金一六八万三、一二〇円に対する同年五月一日から、金一六三万七、二四〇円に対する同年六月一日から、金一六三万七、二四〇円に対する同年七月一日から、金一六三万七、二四〇円に対する同年八月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の第一次的請求を棄却する。

(予備的請求につき)

被告は原告に対し金一七三万九、四四〇円およびこれに対する昭和四四年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の予備的請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告において金一、〇〇〇万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

被告は原告に対して金一億円およびこれに対する昭和四一年三月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。<以下略>

理由

一、原告の特許権

原告がアメリカ合衆国メイン洲法に基づき設立された法人であり、本邦において、登録番号特許第一九〇、六四八号、発明の名称メラミンの製造法、公告日昭和二六年八月八日、登録日昭和二六年一一月八日、期間満了日昭和四一年八月八日、優先権主張日一九四三年七月一七日、一九四五年九月二五日なる本件特許権を有していたことは当事者間に争いがない。

二、本件特許発明について

本件特許発明の条件中、右特許が尿素を出発物質としてアンモニアの存在下に加熱しメラミンを製造するものであることは当事者間に争いがない。よつてその余の条件について以下順次検討する。

1  温度条件について

(一)  本件特許発明の明細書中に特許請求の範囲が「本文に詳記するように尿素及び(又は)シアン酸アンモニウム及び(又は)グアニル尿素並びに(又は)該物質の加熱分解生感物をアンモニアの存在の下に少なくも摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度の温度に加熱することを特徴とするメラミンの製造方法」と記載されていることは当事者間に争いがない。

思うに、特許請求の技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて解釈されるべきものであることはもちろんであるが、その記載内容の解釈は、明細書全体を検討し、出願当時の当該分野の技術水準に照して、当該発明がいかなる技術的課題を解決したものであるかを考慮してなすべきものである。

ところで、本件特許明細書の特許請求の範囲には、温度条件として前記のとおり「摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度の温度に加熱する」と記載されており、右記載が必ずしも明確な表現でないけれども、そうだからといつて右記載だけから特に上限が画されているように理解することは困難であるばかりでなく、本件特許公報中の本件特許明細書の発明の詳細なる説明の項には、摂氏三〇〇度から五〇〇度までの温度においての各実験例が示され右実験の結果によれば、摂氏四〇〇度における場合にメラミンの収率が最良である旨の記載があるのみならず、さらに「商業的製造に於いて時間要素が重要であるから、従つて約三五〇度乃至約六〇〇度の範囲の温度の下に操作する方がよい。」とも記載されていること、右明細書中その他に温度条件の上限を画した趣旨の記載がない事実に<証言>を考え合せると、右本件特許発明における温度条件の上限は摂氏六〇〇度を下らないものと解するのが相当であり<証拠>のうち、これと見解を異にし、本件特許請求の範囲中の「摂氏二七〇度以上就中摂氏三〇〇度」なる記載の上限はせいぜい摂氏三五〇度と解釈すべきであり、明細書の他の項におけるそれ以上の温度についての記載は単なる余事記載にすぎないとの被告の主張に符合する部分は、冒頭に説示したところに照して、採るを得ないものである。

なお、被告は、本件特許出願手続の経過の面にあらわれた原告の意思などをも斟酌して温度条件の上限を画すべきもののように主張するけれども、すでに明細書全体を検討し、出願当時の技術水準に照してみて温度条件を明らかにすることができる以上、本来一般の知るを得ない特許出願手続の経過面にあらわれた出願人の意思などのごときを考慮する余地はないから、被告の右主張は採るに足りない。

さらに、被告は、本件特許優先権主張日当時、尿素をアンモニアの存在下に少なくとも摂氏三五〇度以上に加熱してメラミンを製造する方法は公知であつたから何人も右公知部分について特許を受ける余地がなかつたものであり、原告も右公知部分について特許出願したものではなく、仮に原告主張のとおり本件特許に摂氏三五〇度以上に加熱する技術を含んでいるとしても、本件特許中右公知技術の範囲に属する部分は当然無効であるから、本件特許の温度条件は摂氏三五〇度以下と確定すべき旨主張するので、この点について判断するに、<証拠>によれば、フイッシュ特許はメラミンの製造と題する発明で、一九三八年八月一二日に出願され一九三九年七月四日に登録されたアメリカ合衆国特許であつて、その特許請求の範囲とするところは「(1)メラミンをその生成過程に於てアンモニアの存在の下に少くともその融点にまで加熱し、そして溶融状態に於て反応容器から排出することを特徴とするメラミン生成物質からメラミンを製造する方法。(2)メラミンを製造するに際してアンモニアの存在下に溶融状態で反応容器からメラミンを排出する工程。」であるが、従来メラミンはその融点である摂氏約三五四度以上においては分解してしまうため溶融状態のままで取り扱うことは不可能と考えられていたから、フイッシュ特許は、アンモニアの存在下においてはメラミンは融点以上においても分解しないことを発見し、溶融状態のままでメラミンを生成し反応筒外に取り出すことについての発明であることが認められるのであつて、フイッシュ特許における原料物質は右認定のとおりメラミン生成物質であるが、<書証>によれば、このメラミン生成物質として本件特許優先権主張日当時までに文献上明らかにされていたものはフイッシュ特許明細書に挙げられているシアナミド、ジシアンジアミド、チオシアン酸アンモニウム、チオシアヌール酸メチルエステル、塩化シアヌールのほかに、チオ尿素、アンメリド、シアナミド、ゲアニジン、シアヌール酸等であつたけれども、尿素が右特許にいわゆるメラミン生成物質となり得ることについての文献は存在しなかつたことが認められる。

そうすると、本件特許優先権主張日当時、尿素からアンメリド等適当な中間物質を一旦生成し、次いでその中間物質からメラミンを合成することは公知であつたといいうるとしても、化学反応は一般に実験による裏付けのない限りその結果を予測し断定することが困難であることにかんがみれば、チオ尿素が尿素と類似した化学反応を呈する事実をもつてしても、尿素から直接に一段法でメラミンを合成しうることが容易に類推し得たということはできないのである。従つて尿素からアンモニアの存在下に摂氏三五〇度以上に加熱してメラミンを製造する技術は、本件特許優先権主張日当時、フイッシュ特許の存在にかかわらず、公知でなかつたのはもちろん、それはフイッシュ特許による方法から容易に導きうるものであつたということもできないのであつて、<証拠>にあらわれた右に反する見解にはたやすく賛同し難いといわねばならない。そして証人Mの証言によれば、メラミンの原料物質となりうべき物質に関してはかねて種々の研究がなされ、尿素についてもそれが他のメラミンの原料物質と類似する点があることなどから、直接の原料となりうるものかどうかの研究がなされていたが、この研究が最初に実を結んだのが本件特許発明にほかならないことが認められるのであつて、右認定の事実に徴してみても、本件特許発明は結局、尿素をメラミン製造の直接の原料となしうるかどうかの技術的課題を最初に解決した基礎的発明というべきものであることが明らかである。

よつて、被告の尿素をアンモニアの存在下に摂氏三五〇度以上に加熱してメラミンを製造する技術が公知であることを前提とする被告の右主張は理由がない。

2  加熱操作について

本件特許発明の特許請求の範囲には、単に「加熱する」とのみ記載されているに過ぎないことは前記のとおり当事者間に争いがないが、このように特許請求の範囲にただ「加熱する」とのみ記載されている場合においては、明細書中に、溶済を使用して加熱することを排除するなど、右の「加熱する」ということの意味が具体的に定義づけられているような場合は兎も角、そうでない限り、特許請求の範囲に記載されていない事項をもつて当該特許発明の要素とすることができないことは多言を要しないところ、本件特許明細書の「発明の性質及目的の要領」の項には「その目的とする所は従来法のようにシアナマイド又はヂシアンヂアマイド等を原料として使用することなく溶剤、稀釈剤、触媒等も使用せずに容易にメラミンを得んとするものである。」と記載されているけれども、該明細書中、右記載以外に特に溶剤を使用する場合を排除する旨の記載がないのはもちろん、溶剤を使用して操作することに関する記載もまた見あたらないことおよび「加熱」の方法を具体的に定義づけるような記載もないことが明らかである。

そうすると、本件特許発明の目的とするところは右のとおり溶剤等を使用しないで容易にメラミンを得ようとするものであるけれども、そのことのみをもつて直ちに「加熱」の方法を限定しているということはできず、従つて本件特許発明の要素としては特許請求の範囲に記載されているとおり、尿素等を「加熱する」ことにあるのであつて、溶剤等を使用する場合を特に除外する趣旨のものではないと解するのが相当である。そして、この点につき、被告は本件特許発明は溶剤等を介在させることなく尿素等をそのまま加熱することが発明の一要素である旨主張し、<証拠>に被告の右主張に副うような部分があるけれども、これには賛同し難く、採るを得ない。

3  反応経路について

被告は、本件特許発明における反応経路は尿素からビューレット、シアヌール酸、アンメリド、アンメリンのうち一または二以上を経由させてメラミンを生成するものに限られる旨主張するので、この点について判断する。

本件特許発明の特許請求の範囲は、前記のとおりであつて、それには反応経路を特定のもののみに限定する旨の記載はない。

ところで特許発明は、自然法則を利用するものであれば十分であつて、発明者がその自然法則を正確、かつ完全に認識している必要はなく、したがつて、本件特許発明もそれがアンモニアの存在下に摂氏二七〇度以上に加熱すればメラミンが形成されるという反復の可能な法則に基づいているものであるならばそれだけで特許されるべき発明として十分なのである。もつとも、明細書中に特定の反応経路をとる場合に限る旨の明白な記載があれば、特許請求の範囲にはその旨の記載がなくても、それが当該特許発明の要素にされる場合もあり得よう。しかし本件特許明細書には、被告が右の限定の趣旨のものとして指摘するところの反応経路が記載されているけれども、右の記載をもつて反応経路を認定した趣旨とはとうてい解することはできず、右特許明細書中、その他に反応経路を限定する趣旨の記載を見出し得ないばかりでなく、かえつて「尿素をメラミンに転化する正確な化学的機構が発明者によつて明確に定められなかつたので、本発明は任意の理論又は予想的の反応工程により制限されるものでなく尿素とその加熱分解生成物がメラミン、アンモニア及炭酸ガスに転化すると言う事実に基くものである。」と記載されているのであるから、本件特許発明は反応経路に関しては特定のものに限定せず、アンモニアの存在下に摂氏二七〇度以上に加熱された尿素がメラミンに変成する際にたどるであろう種々の反応経路をすべて含むものと解するのが相当である。

4  要約

そうすると、本件特許発明は、要するに、尿素等をアンモニアの存在下に少なくとも摂氏二七〇度以上に加熱してメラミンを製造する方法であると認めることができる。

三、被告の実施方法

被告が日産法すなわち、加熱器を内蔵する大口経縦型反応筒内に筒内のアンモニア分圧を一平方センチメートルあたり約七五キログラムに保ちつつ、摂氏三九〇度ないし四〇〇度に保持した大量の溶融メラミンを滞留させ、反応筒底部から比較的少量の尿素を連続的に導入し、液相下で尿素からメラミンの変成を行ない、溶融メラミンを液相で連続的に反応筒外にとり出すことからなる製造方法でメラミンを製造していることは当事者間に争いがなく、右事実に<証拠>を総合すれば、日産法の出発物質は尿素であり、その目的物質はメラミンであること、この方法は、はじめアンモニア加圧下に摂氏三九〇度ないし四〇〇度の温度に保たれた大量の溶融メラミンを反応筒内に用意しておき、その中へ液状の尿素とアンモニアを送り込むと、尿素は溶融メラミン中に溶解して分散し、同時に溶融メラミンが保持する熱により急速にその温度にまで加熱され、かつ必要な熱量を与えられて溶融状態のメラミンへと変成し、当初から存する溶融メラミンとまざり合うから、新たに生成された分量に相当する量だけのメラミンを反応筒外に取り出すもので、これを連続的に行つているものであることおよびこの場合筒内のアンモニアはメラミンの分解を抑制する働きをしているものであることが認められる。

四、日産法による本件特許権侵害の有無

1  本件特許発明と日産法との比較

(一)  出発物質および目的物質

日産法が前記のとおり尿素を出発物質とし、メラミンを目的物質とする点では本件特許発明の要素を充たしていることは明らかである。

(二)  処理手段

(アンモニアの存在)

本件特許発明はアンモニアの存在下に反応が行われることがその要素となつているものであること前記のとおりであり、前記甲第二号証によれば、この場合アンモニアはメラミンの生成を促進する作用とメラミンの分解を抑制する作用をもつものであることが認められ、他方日産法もアンモニアの存在下に反応を行うものであつて、アンモニアのメラミン分解抑制作用を利用していることは前記認定のとおりであるから、両者はこの点においても異るところがない。

(温度条件)

本件特許発明の温度条件は前記認定のとおり摂氏二七〇度以上であり、その上限は摂氏六〇〇度を下るものでないところ、日産法においては尿素は反応筒内に滞留している溶融メラミンの温度、すなわち摂氏三九〇度ないし四〇〇度にまで加熱されるものであることは前記認定のとおりであるから、本件特許発明の温度条件を充たしているに疑問の余地はない。

(加熱操作)

本件特許発明が尿素等をアンモニアの存在下に摂氏二七〇度以上に加熱するものであることは前記のとおりであるが、日産法においても尿素はアンモニアの存在下に摂氏三九〇度ないし四〇〇度に加熱される。ただ日産法では、尿素は大量の溶融メラミン中に送り込まれるのであるが、このように送り込まれた尿素は、溶融メラミンに溶解し、分散することにより、または溶融メラミン中にあることにより、もはや加熱されるといえないことになるのであれば格別、このことにより尿素を加熱するものであるに相違ないから、日産法は加熱の点で本件特許発明と何ら異なることはない。もつとも<証拠>によれば、尿素からメラミンへ変成する反応は大きな吸熱反応であるから、日産法で反応筒内に滞留する高温、かつ大量の溶融メラミンは、右反応に必要な熱量の供給手段として、まことに有効であるが、本件特許明細書にはこのような加熱方法は何ら記載されていないのはもちろん、日産法が用いている右加熱方法を本件特許優先権主張日当時において考え出すことは決して容易な事柄でなかつたことが認められるけれども、このように加熱の手段方法として優れる点があつて、それが新規に特許の対象たるべき発明にあたる場合であるにせよ、本件特許発明にいわゆる加熱であることにかわりはないから、これをもつて両者の相違の根拠となし難い。

(反応経路)

本件特許発明が特定の反応経路をとる場合に限定されるものでないことは前記認定のとおりであるから、日産法の反応経路がいかようであれ、これをもつて被告の主張するように本件特許発明との差異を論ずる理由とすることはできない。

2  要約

以上で明らかなように、日産法は尿素をアンモニアの存在下に摂氏二七〇度以上に加熱してメラミンを製造するという本件特許発明の要素をそのまま一体として使用しているものといわねばならない。

もつとも、日産法においては前記のとおりアンモニア分圧を一平方センチメートルあたり約七五キログラムに保ちながら反応が行われるのであるけれども、そのことの故に、日産法に使用せられる本件特許発明の方法がその一体性を喪失するものと解することはできず(なお、前記甲第二号証によれば、本件特許発明は右の加圧下で反応が行われることを当然予定していることが認められる。)また日産法は以上のほかに加熱器を内蔵する大口径縦型反応筒を使用することおよび右反応筒底部から比較的少量の尿素を連続的に導入することをその条件としているが、これらは反応容器や原料供給の態様に関するものであるに過ぎないから、その反応容器がいかようなものであれ、その内部で行われる反応が前認定のとおりであり、また供給の態様がどのようなものであつても、尿素を原料物質としているものである以上、日産法が本件特許発明の要素をそのまま一体として使用しているとの結論にいささかの影響をも及ぼすものではない。

さらに被告は、日産法が大量の溶融メラミンを使用することによつて、本件特許発明ではできなかつた工業化に成功したから、日産法は、本件特許発明とは質的にも全く異るものとなり、もはや本件特許を利用しているとはいえない旨主張するが、なるほど日産法における大量の溶融メラミンの使用は加熱の手段としてきわめて有効であることは前記認定のとおりであり、それが工業化のためにおおいに役立つているとしても、本件全証拠をもつてしてもそのために日産法が本件特許発明と質的に全く異るものになつてしまつたと認めることはできない。

以上の理由により日産法の実施は、本件特許権者である原告の実施許諾のない限り、本件特許を侵するものといわざるを得ない。

五、被告の過失

被告は本件特許権の侵害につき無過失である旨主要するが、本件全証拠によつても、被告の右主張事実を認めるに足りない。

六、原告の損害等

被告が昭和三九年五月から同四一年七月までの間に富山県婦負郡婦中町所在の工場で日産法により総額金七億六、一六四万八、〇〇〇円に相当する合計五、五一三トンのメラミン(その内訳は昭和三九年五月から同年一〇月まで、二九二トン、金四、三四八万六、〇〇〇円、同年一一月から同四〇年四月まで、七五七トン、金一億一、二四七万七、〇〇〇円、同年五月から同年一〇月まで、一、六七一トン、金二億三、〇四二万四、〇〇〇円、同年一一月から同四一年四月まで、一、八九〇トン、金二億五、二四六万八、〇〇〇円、同年五月から同年七月まで、九〇三トン、金一億二、二七九万三、〇〇〇円)を製造したことは当事者間に争いがない。

ところで、原告は、第一次的請求として、実施料相当額の損害賠償を求めめるものであるが、右損害賠償請求権は三年の時効により消滅するものである。しかるに原告は、昭和三九年五月から、同年一〇月までの間に被つた損害について、三年以上を経過した昭和四四年一月二四日の本件第一一回口頭弁論期日においてはじめてこれが請求に及んだものであることは記録上明らかで、右期間の損害の賠償請求権はすでに時効により消滅しているから、原告の第一次的請求は、昭和三九年一一月以降同四一年七月までの間に被つた損害の賠償を求める限度で正当であるが、その余の昭和三九年五月から同年一〇月までの間に被つた損害の賠償を求める部分は理由がない。

なお、右請求に関し、被告は、原告は本件特許を自ら実施していないし、またその通常実施権を他に独占的に現物出資しているから損害は発生していない旨主張するが、たとえ被告主張のような事実があつたとしても、そのことだけで原告に損害が発生しないとはいえないから、被告の右主張はあたらない。

次に原告は、予備的請求として、不当利得の返還を求めているので、考えてみるに、被告は、昭和三九年五月から同年一〇月までの間日産法によりメラミンの製造を適法に行うには、それが本件特許を利用するものである関係上、右特許権者たる原告の許諾を必要とし、そのためには原告に対し相当の実施料を支払うべきものであつたといわねばならない。そうすると、被告は、結局、右期間中何ら法律上の原因なくして原告の本件特許権を実施し、その間実施料の支払を免がれてこれと同額の利益を受け、そのため原告をして本来得られるべき実施料の支払を受けさせなかつたことによりこれと同額の損害を被らせた筋合である。従つて被告は右期間の実施料相当額の不当利得を原告に返還すべき義務があるものというべきである。

そこで右損害賠償または不当利得の額について判断する。

<証拠>および弁論の全趣旨によれば、原告は、米国において、その有する本件特許の原特許たる米国特許第二、五六六、二三一号および同第二、五六六、二二三号二件のほか、その補助特許である米国特許第二、五六六、二二九号、同第二、五六六、二三〇号および同第二、七五五、八八七号三件、以上合計五件について昭和三六年一月一六日米国法人のアライド・ケミカルとの間で実施権設定(特許使用権譲渡)契約を締結したこと、実施料(特許権使用料)等については、右契約上、(1)アライド・ケミカル社は頭金として原告に二五万ドルを支払う、(2)米国特許第二、五六六、二三一号の実施料の率をメラミンの純販売高の五パーセントとする。ただし右頭金二五万ドルは右契約成立の日に続く次の四半期の第一日から始まる最初の四八か月間の実施料に充当する、(3)右特許以外の特許四件の実施料の率をメラミンの純販売高の五パーセントとする。ただし、これら四件の特許が米国特許第二、五六六、二三一号とともに使用され、その実施料の支払義務がある場合は、アライド・ケミカル社はこれら四件の特許の実施料を支払う義務はない。米国特許第二、五六六、二三一号が消滅し、その余の四件の特許がその後なお存続する場合も同様であるなどと約定し、爾来アライド・ケミカル社は右特許を実施してメラミンを製造し、原告に対し実施料を支払つてきたことおよび原告自身は本件特許権を実施せず、これに基づくメラミンの製造販売をなさなかつたことが認められる。そこで損害賠償ないし不当利得の額について考えるに、右認定のように、特許権者自ら当特許権に基づ製品の製造、販売をなさず、しかもその本国において右特許権の原特許につき他に実施権を付与してその実施料を取得しているが、わが国では他に実施権を設定してその実施料を徴取した事跡がみられない場合において、客観的に相当な実施料の価格を求めることは決して容易な事柄ではないけれども、本件におけるような化学工業部門で外国の特許技術がわが国で使用される場合にその対価として支払われるべき実施料は、その外国内などで原特許の実施許諾上合意された実施料が存するときは、それが、特に不当に高額に約定さたれものでない限り、わが国と外国とで種々事情を異にする点があつても、拠るべき資料たる意義を決して失うことはないから、これを参照して定めるのが適当と考えられる。そして、<証拠>ならびに弁論の全趣旨によつて認められる本件特許発明がいわゆる尿素法製造法に関する最初の発明であつて、尿素を原料として直接に一段法でメラミンを製造する方法の基礎的な発明ではあるけれども、それが有利に工業化されるためにはなお多くの工夫が加えられなければならないものであることなどを考慮してみても、なおかつ原告とアライド・ケミカル社の合意による前記実施料率が特に不当に高額なものと認めるに足りる証拠を見出し難い。されば、鑑定人Sの本件特許発明の実施料の価格は右特許発明につきすでに他と締結された実施許諾契約に示された実施料額をもつて相当とするとの鑑定の結果に本件特許の原特許などにつき米国で原告とアライド・ケミカル社との間に成立した実施権設定契約に関する前記認定事実その他本件口頭弁論にあらわれた、アライド・ケミカル社は、前記認定のとおり、原告から本件特許の原特許たる米国特許第二、五六六、二三一号および同第二、五六六、二二三号のほか、その補助特許である米国特許第二、五六六、二二九号、同第二、五六六、二三〇号および同第二、七五五、八八七号三件をも合せて実施許諾を受け、しかも、右契約締結当時、右米国特許第二、五六六、二三一号および同第二、五六六、二三三号はいずれもなお約七年有半の存続期間を残していたものであるが、これに対し被告が実施したのは本件特許だけで、その補助特許なるものを使用したことはないばかりでなく、被告がメラミンの製造を開始した昭和三九年五月当時に本件特許権の残存期間はすでに僅か二年余あるに過ぎなかつたことなどの諸般事情を総合して考察すれば、本件特許権の客観的に相当な実施料の率は被告によるメラミンの販売価格の四パーセントと認めるのが相当であり、当裁判所の右見解と観点を異にし、従つて結論もまた右と大いに相違する鑑定人Dの鑑定の結果は到底採用し難いところである。なお、原告とアライド・ケミカル社との間の前記実施権設定契約上、アライド・ケミカル社は頭金として原告に二五万ドルを支払うべきこととされていることは前記認定のとおりであるけれども、右頭金二五万ドルは、右契約成立の日に続く次の四半期の第一日から始まる最初の四八か月間の実施料の支払に充当されるべきものであることはその契約条項に照して明らかであり、従つてそれは実施料の前払いの趣旨のものと解されるから、これをもつて本件特許の実施料判定の基準として参照することは相当でない。

そうだとすれば、被告が日産法を用いて昭和三九年五月から同年一〇月までの間に金四、三四八万六、〇〇〇円に相当する二九二トンの、同年一一月から昭和四一年七月までの間に金七億一、八一六万二、〇〇〇円に相当する五、二二一トンの各メラミンを製造したことは前記のとおり当事者間に争いがなく、そして<書証>によれば、被告は、昭和四〇年一一月から同四一年四月までの間に一か月あたり金四、二〇七万八、〇〇〇円に相当する三一五トンの、同年五月から七月までの間に一か月あたり金四、〇九三万一、〇〇〇円に相当する三〇一トンの各メラミンを製造したことが認められるから、被告は原告に対し次の金員を支払うべき義務のあることが明らかである。

1  不法行為に基づく損害賠償として、被告が昭和三九年一一月から昭和四一年七月までの間に製造した前記メラミンの価額金七億一、八一六万二、〇〇〇円に前記実施料率四パーセントを乗じて得た実施料相当額の金二、八七二万六、四八〇円およびうち、昭和三九年一一月から同四一年二月までの間の実施料相当額金二、〇四四万八、五二〇円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四一年三月五日から、同年三月分の実施料相当額金一六八万三、一二〇円に対する同年四月一日から、同年四月分の実施料相当額金一六八万三、一二〇円に対する同年五月一日から、同年五月分の実施料相当額金一六三万七、二四〇円に対する同年六月一日から、同年六月分の実施料相当額金一六三万七、二四〇円に対する同年七月一日から、同年七月分の実施料相当額金一六三万七、二四〇円に対する同年八月一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

2  不当利得の返還として、被告が昭和三九年五月から同年一〇月までの間に製造した前記メラミンの価額金四、三四八万六、〇〇〇円に前記実施料率四パーセントを乗じて得た実施料相当額の金一七三万九、四四〇円およびこれに対する被告が返還請求をした本件第一一回口頭弁論期日の翌日であることが明らかな昭和四四年一月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

七結論

よつて、原告の本件第一次的請求は右1の限度で、予備的請求は右2の限度で理由があるから、これを認容し、その余の第一次的請求および予備的請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。(岡村利男 竹江禎子)(庵前重和は転任のため、署名捺印することができない)。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例